誰もいないホテルで

ペーター・シュタム『誰もいないホテルで』


 表紙の絵を見ていると、とても穏やかで静かな世界を想像する。

 牧草地に、ところどころ茂る木々、かすかに見える湖、遥か先に連なる山。

 人々が散歩している。

 親子、恋人、仲間たち、犬を連れている人や、乳母車を押す母親。

 

 この平和な絵に描かれた人たちが、物語を読み進めるうちに、ささやき出す。

 

 10の短編は、書き手が異なっているのではと思うほど、雰囲気を変える。

 似ているのは、どれも危うい縁に立たされている感じがすること。

 異質な世界に手を引かれながらも、なんとか現実の世界に踏みとどまる。


 言ってはいけなかったひとこと、持たなければ良かった感情。意識せず、うっかり足を踏み入れてしまう場所はある。


 緑豊かな心和む風景の中で、表紙の恋人たちは口論をしているのかもしれない。


 イラストは矢吹申彦氏。(2018)



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# by robinsonfactory | 2018-09-21 18:32 | | Comments(0)
ブッチャーズ・クロッシング

『ブッチャーズ・クロッシング』(ジョン・ウィリアムズ)


 この本を読んだ人たちが集まり、感想を話し合ったとする。

 好きな箇所、嫌いな場面、疑問に感じるところ、それぞれが思うことをあげていくと、いつの間にか小説全体が語られてしまう。

 そんな小説ではないだろうか。

 駅馬車、埃っぽい町、アンドリューズの成長、武骨なミラー、残酷で過酷な経験。心に残るシーンは多い。

 小さなことに、命が吹き込まれているからだ。丁寧に積み重ねていくと、やがてとても大きな波となり、忘れられない読書となる。



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# by robinsonfactory | 2018-09-09 10:58 | Comments(0)
ジム・トンプスン

 文遊社から出ているジム・トンプスンの本が、『犯罪者』で4冊目になりました。

 それまで銀色を基調にしていたカバーが、今回は黒。何かの節目のように見えます。

 紙が微妙に変わったり、書体が少し違っていたりしますが、全体のトーンは似ています。天地50ミリの細い帯はすべて銀色で、背の「本邦初訳」は一緒。

 4冊を並べてみると、あれ、帯の文字がずれている。「本邦初訳」がすべて右側に寄っているのです。

 その理由はすぐにわかります。

 背には、日本語タイトルと英語のタイトルが並んで入っています。その両方の文字の幅全体が、背の中央にくるように配置してあります。そのため、日本語タイトルはやや右に寄っていて、帯の「本邦初訳」は日本語に合わせているからです。

 帯を取るとどうなるかというと、キャッチコピーの「本邦初訳」はなくなり、社名の文遊社が縦に入っているだけで、これも右に寄っています。

 これは仕方がないのでしょうか。

 文遊社が横組だったら、背の中央に配置できたでしょう。もしかしたら縦組という決まりなのかもしれません。そこでジム・トンプスン以外の本を調べると、やはり背文字の文遊社は縦組でした。

 とても細かく、どうでもいいことです。

 それとも、細かいところが気になるように、あえてずらして配置した策略なのでしょうか。


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# by robinsonfactory | 2018-08-14 18:32 | Comments(0)
いとしの印刷ボーイズ

『いとしの印刷ボーイズ』(奈良裕己)

 漫画です。

 勉強になることがたくさんあります。


 フリーになる前、月刊誌を作っていたときは、毎月、出張校正で印刷会社へお邪魔をしました。

 従業員の休憩室として使っている部屋で、校正紙が出るのを待っていると、たまたまそこに居合わせた人が、気を遣ってお茶を入れ替えてくれました。

 先方の仕事を急かすのに、こちらの作業は待ってもらう。仕事だからしかたがないとはいえ、迷惑だったでしょう。それだけに、お客様として丁重にもてなされるのを申し訳なく思っていました。でもさらに申し訳なかったのは、その段階になってなお、修正をたくさん入れてしまうことでした。

 「ええ、こんなに。勘弁してくださいよ」営業の人の顔が忘れられません。


 そんな昔のことを思い出す、印刷会社を舞台にした漫画。

 たぶん、いまとてもお世話になっているのは、現場のDTPオペレーターの方々です。直接のやりとりは基本的にはありません。

 ぼくが送ったデータをチェックして、問題があれば直して出力してくれています。後でそのことに気づくこともあるし、まったく気づいていないミスも、きっとたくさんあるはずです。

 ありがとうございます。

 そんな感謝の気持ちが溢れ出す、印刷会社を舞台にした漫画。


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# by robinsonfactory | 2018-08-09 16:14 | Comments(0)
モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』(内田洋子)

 本の天近くまで覆う大きな帯。タイトル、著者名、紹介文、必要な情報がすべて入っている。

 外して気づく。これは帯ではない。少し小さいカバーだ。

 上にわずかに見えていた緑は、フランス装の表紙に印刷された山の写真。カバーをすべて取ると、密生する木々の間に、突如街が現れた。


 「旅する本屋」とは、本の行商をしていた人たちのこと。イタリア、ヴェネツィアの古書店で、その存在を知った著者は、案内を請い山奥のモンテレッジォへ向かう。そこは住む人が少なくなり、時が止まったような村。かつては71人が本売りを職業とし、イタリアの各地へ本を運んでいたという。

 本を待つ大勢の人がいた時代。

 著者といっしょになって、少しずつ行商の背景を明らかにしていくドキドキ感がある。でもきっと、本が好きな人にしか伝わらない世界なのだろう。本好きというのは、いまや希少な人種なのだろうから。


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# by robinsonfactory | 2018-07-20 17:13 | Comments(0)
   

フリーランスのデザイナー 仕事の合間
by robinsonfactory
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