ケヴィン・ウィルソン「地球の中心までトンネルを掘る」。
高校を卒業して、ぼくもしばらく穴を掘っていた。目指すところはなく、ただ目の前にある地面に穴を開けるだけの、先行きの見えない行為だった。
たぶん誰にでも経験があることだろう。目的もなく学校に行くだけだったり、バイトをするだけだったりの毎日。きっと自由になった分、規則や制約の支えがなくなって、バランスをうまく取れない時期だったのだ。
穴を掘り続ける息子と友人たちを、両親は暖かく見守る。何をしたいのかさっぱりわからない、でも幸せになってほしいと。差し入れをしてくれるが、経済的なことから、それがだんだん少なくなっていく。そろそろ終わりにしなくてはいけないのだ。
ほんとうのような嘘が並ぶ短編集。現実にありそうだけれど、ちょっと違う世界。そこには自分のような人がいる。
表紙の絵、穴を照らすライトの灯りが、ほんのり気持ちを暖かくしてくれる。奇妙な物語ばかりだけれど、根は優しい。
装画は塩田雅紀氏、装丁は中村聡氏。